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2025年3月18日火曜日

夜明けの二月堂と籠り明けの観音縁日法要

3月18日 二月堂観音縁日の法要
今年の修二会では15日の礼堂涅槃講からの練行衆開山堂参拝、そして解散を見届けられず、最後に「満行おめでとうございます」をお伝えすることなく日が経ってしまいました。

3月の観音寺役は、今年参籠した練行衆は素絹に紋白五条袈裟という晴れ姿で出勤され、これをもって、正式な籠り明けになると考えられています。
自分の中で、修二会が終わった区切りをいただきたい思いもあって、10時過ぎから二月堂へお参りに伺うのですが・・・

その前に、静かな時間にきちんと観音様へお参りしたい思いもあり、そして早朝6時の鐘の音も聴きたく、久しぶりの朝散歩も兼ねて夜明け前の二月堂へ。


冬の間はこの時間に出かけることもなく、久しぶりの朝散歩。

つい先日までの喧騒はどこへやら。誰もいない二月堂を独り占めして、6時の鐘の音を待ちます。動画はInstagramで

動画の中で時々遠くから聞こえるのは興福寺の朝6時の鐘の音。
東大寺と興福寺の鐘が同時に聞こえて何とも贅沢なことです。
二月堂の鐘は3月中は6時に、4月からは5時半に撞かれます。
3月も下旬になると空も明るくなっているし、登廊の向こうに白梅紅梅やもう少しすると桜の花も見えて春爛漫の景色の中で鐘の音を聴くことができるのです。

そうそう、梅の花といえば今年は随分開花が遅れているので、飯道社の梅もまだ咲いているのではと、そちらの方へ向かいました。


白梅も紅梅もちょうど見頃でした!
帰り道、上ノ坊への階段横の紅梅もまだ綺麗でした。

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修二会の名残も見つけました。
閼伽井屋のそばで、そして龍松院前で。
練行衆の自坊に掛けられていた注連輪が外されて、そのあたりの木の枝に掛けられています。これは童子さんがされることで、以前に何か意味があるのか尋ねたことがありましたが、「特に意味はなく代々そうされているから」という答えでした。

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そして朝10時、本日2回目の二月堂です。
修二会の聴聞では述べ10回、二月堂へ通いました。
最初の頃は足も重くて歩くのが辛かったのが、何度も通ううちにだんだん歩くことに慣れて、最後の2日間は夜の11時頃にひょいと出かけられて自分でも驚きでした。

そんなわけで、今朝も二月堂へ軽く2往復!
寺役の法要、雅楽の音を聴かせていただき、最後は山手観音堂で手を合わせて般若心経。
晴れ晴れとした練行衆のお姿を目に焼き付け、心の中で成満のお祝いをお伝えして、また来年も聴聞できますよう心身共に元気で過ごしていこうと思うのでした。

帰り道、美しい姿の大導師さまをお見かけして後ろ姿を撮らせていただきました。ありがとうございました。

2025年3月15日土曜日

二月堂修二会2025*「後夜~名残の晨朝」

令和7年3月14日
二月堂修二会満行の日、仕事を片付けてようやく二月堂へ
今日も「後夜」からの聴聞です。

23時過ぎ、西・南・東・・・どの局も扉を開けたら、立って聴聞している方々が壁になって中に入るのが難しそう・・・。
最後に諦めながら北の局を覗いてみると一人なら入れるスペースがあり、今晩はここで耳を傾けることにしました。

内陣の戸板が開けられていても、中の様子が窺い知れないところ。
耳をそばだて、時導師さんの柔らかな声と完ぺきに揃ったガワの声明に包み込まれるような安堵感。とにかく私は修二会の声明を聴いているのが一番好きで、夜遅くに少しの時間でもこうして聴聞に上がれることが有難いと感じた14日間でした。

後夜の時導師の南無観の宝号の向こうで五体投地の音が響き、思わず姿勢を正し手を合わせます。

この後の「達陀」そして「後夜」の教化「父母を仏になさむよしをなみ補陀の都に杖奉る声奉る」からの九条錫杖。

あっという間に「晨朝」に入り、行中最後の晨朝の声明は、微音で唱えられる「名残の晨朝」。囁くような小さな声に私も心を合わせて、今年もお客様方をしっかりサポートできたことに感謝をお伝えしました。ありがとうございました。

三職の方々の下堂には間に合いませんでしたが、司・平衆の方々の下堂をお見送りすることができました。
多くの方が明け方の満行下堂まで残られるようでしたが、明日の仕事のこともあり、ここで二月堂を後にしました。

今年も、まだまだ知りたいことや興味のあることが多くて、悔過をすることや祈ることとは程遠い、「見る・聞く」に重きを置いた聴聞スタイル、そして少しの時間だけのピンポイント聴聞になってしまいましたが、14日間の内の何日間かを二月堂内で耳を傾けることができたことに感謝です。

2025年3月14日金曜日

二月堂修二会2025*東の局で「達陀」

令和7年3月13日
今日明日でもう終わると思うと無理をしてでも行かなければと、遅い時間に家を出て

ちょうど「後夜」の法華音曲の頃に二月堂着。
「後夜」大導師作法、咒師作法の途中の「達陀」、そして達陀が終わって「教化」を聴いて「晨朝」の最後まで、東の局の北座が見える位置で聴聞しました。

12日からの3日間は内陣の板戸がすべて外され、北・東・南の局からも中の様子を見ることができるので、相変わらずの「ガン見聴聞」となりましたが・・・
達陀の様子は西の局で拝見するのが一番わかりやすいのですが、東の局からでも火を点けられる様子など、舞台裏ならではの聴聞の楽しみがあります。

まず、達陀松明に火がつくと、内陣の中が一瞬にして明るくなって、須弥壇の上方を結界している「牛玉の燈芯」が非常によく見えます。(達陀松明の火力が弱まってくると見えなくなり、達陀の間ずっと見えるわけではありません)
また、四隅の椿の枝に掛けられた長い灯芯「生いけの灯芯」もよく見え、この後「晨朝」の最後まで、内陣の様子や練行衆の動きに注視した聴聞となりました。
2月28日の新月から始まった今年の修二会も、いよいよ明日14日の満月の日に満行を迎えます。
「晨朝」悔過作法の最後まで聴聞して、司と平衆の皆様がゆっくり下って行かれるのをお見送りしたのが1時40分頃で、今晩もよき聴聞に満足しながら家路につきました。

2025年3月13日木曜日

二月堂修二会2025*お昼の聴聞と五体投地

3月13日の聴聞はお昼に行われる「日中」と「日没」の行法へ。
有難いことにこの時期は大変忙しくて、お昼間に出かける聴聞は今日が初めてです。 
二月堂に着いたら、ちょうど「生飯投げ」に間に合いました→
そして「日中」の上堂→
今年はお松明を見に行けてないので上堂風景を目にでき嬉しいです。
登廊には今晩上がるお松明が準備されていました。
二月堂からの風景。すっかり春めいて紅梅白梅が満開です。
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上堂のあとは、まず内陣掃除。お掃除の間は戸帳が上げられ、須弥壇の小観音さんの御厨子が夜とはまた違った趣きでよく見え、明るい時間ならではの良さを味わいながら、西の局で聴聞しました。

「日中」の時導師はどなたかわからず、五体は永観師。
「日没」の時導師は永観師、そして五体は佐保山師。

五体は平衆のみがされますので、今年また衆之一のお役目をされる佐保山師の五体を拝見できる機会に遭遇でき、お昼間の礼堂で五体投地をしっかり目に焼き付けることができたのは僥倖なことでした。

佐保山師の五体は、最初に身体を打ち付けられた瞬間に礼堂に稲妻が走ったような震動を感じます。
明るい礼堂で目を凝らして見ていると、右足を高く上げて空中で一旦間を置き、上体を水平にしてからの身体を内側に巻き込んで、上腕を打ち付ける・・・ように見えましたが、その一連の所作の流れがとても美しく、こちらも居住まいを正して悔過を悔い改める想いで拝見させていただきました。ありがとうございました。
その後の「例時作法」まで聴聞して、練行衆下堂まで→

 
明るい時間の聴聞は、修二会初めての方でお松明の後も聴聞したいけれど夜遅いのはちょっと・・・というご年配のお客様方にお薦めしています。

2025年3月12日水曜日

二月堂修二会2025*3月11日の祈り

3月11日 
奈良倶楽部開業記念日、そして東日本大震災が起こった日。

14年前の修二会本行中に起こった「神も仏もない」と思えるような大災害に、当時の私はただただ辛くて、こんな時だからこそ祈らなければと思いながらも、それまで毎晩のように通っていた修二会に出かける気持ちになれなかったことを思い出します。

被災された方々へ心を寄せ、心の中ではずっと祈っていても、二月堂にお参りして祈ることが正直できなかったのです。

悶々と過ごして、迷っているくらいなら出かけようと、最終日の14日の最後の時間に二月堂に向かったこと。

当時、北河原公敬管長よりお松明の前に、参拝者の皆さんへというメッセージがあり、その中で
被災され亡くなられた方々のご冥福をお祈りする。
今、困難な状況にいらっしゃる方々へ思いを馳せる。
社会復興の為にそれぞれの立場で各々の力を尽くす。
・・・というようなことをおっしゃって

素直に祈りを捧げられるのかどうか、自分でも自信がなかったのでしたが、でもそんな些細なことに拘らずに、他者を想い心を寄せ、今の自分に出来る 小さな祈りを捧げようと、管長の言葉に少し励まされたのでした。

今だに修二会は「祈る」より「見る・聴く・知る・学ぶ」ことの比重が大きいものなのですが、3月11日にはその時の気持ちを思い出して、今年も観音様に祈りをささげ、護っていただいていることの感謝をお伝えすることができました。



令和7年3月11日の聴聞は、「初夜」咒師作法より「半夜」法華懺法までを西の局で。
本手水の後の内陣掃除で戸帳が上げられると、須弥壇正面の小観音さんの御厨子もよく見え、たくさんの灯かりに荘厳された内陣がとても美しく煌めいて見えます。有難い気持ちでいっぱいになって、観音様に手を合わせて局を後にしました。

2025年3月10日月曜日

二月堂修二会2025*聴聞も佳境に

令和7年3月10日 下七日3日目
走りのない常の日にしか唱えられない「法華懺法」と、下七日にのみ唱えられる「教化」を聴きに出かけました。

今宵も美しい気配を纏う二月堂。
以前のような連日の聴聞が身体に堪えるような年齢になり、毎晩「お参りに行こうか、今日は休もうか」と逡巡して、それでも10日の内、短時間聴聞も入れると6日ほどは二月堂に上がらせていただけて本当に有難いことです。
二月堂の局に入ったら何故か元気になって(きっと気持ちもハイテンションになるからかもしれませんが)いいお声明を今日も聞かせていただけたと感謝の気持ちでいっぱいになります。

下堂まで聴聞して、外へ出ればちょうど司と平衆の皆様の「チョーズチョーズ」

ゆっくり下って行かれるので、今日は動画でなく写真で・・・。


行法を終えた練行衆の皆様に手を合わせ、日付が変わって3月11日。
もう一度正面より観音様へ、36年間の感謝とこれからもお守りくださいとお願いして二月堂を後に。
裏参道で奈良太郎の鐘の音を聞きながら、最後までいらっしゃったお客様方と一緒に帰って来ました。

2025年3月9日日曜日

二月堂修二会2025*下七日の「教化」を聴く

令和7年3月8日 初夜の咒師作法から下堂まで聴聞。
3月1日から始まった修二会の本行も、後半の8日からは「下七日」と呼ばれ、前半の「上七日」と比べて、初夜の勤行が「引上げ」という略式の形式になり、下堂時間も1時間程早くなります。
そして何より、初夜と後夜の咒師作法の後に唱えられる「教化」を今年も聞きたいと、下七日初日の初夜 咒師作法から聴聞に入りました。



二月堂に着くと、12日に上がる籠松明が出来上がっていました。

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今日も南の局へ。
そこそこ混んでいたので端っこの方に場所を取り、「見る」ことよりも、耳をそばだてて一生懸命に「聞く」聴聞に徹しました。

さていよいよ、咒師作法が終わり、咒師さんの調子が変わって「いさぎよき補陀の都に・・・」と始まって「法の声常に聞かむと杖奉る声奉る」が聞けました!
そして続く大好きな「九条錫杖」(心の中で「ひゃ~有難い~!」と絶叫)

一生懸命聞いていると、今までは気がつかなかった 咒師作法が終わる頃の「後供養作法」の声明がクリアに耳に聞こえて、また何度も聞いてみたいと思えるのもよかったです。

この後、半夜(時導師は北ニさん)からの「法華懺法」。
「後夜」でも教化「父母を仏になさむよしをなみ補陀の都に杖奉る声奉る」を聞き、「晨朝」(権処さんの時導師のスピード感!)まで聴聞。 そして局から舞台に出て練行衆の下堂を待ちます。

大導師仲間が「チョーズチョーズ」と飛び出す頃合いを見計らって、それを待つ聴聞者もカメラを構えてドキドキワクワク。

大導師、和上、咒師さんのお三方。
あっという間に猛スピードで駆け下りていかれました。
動画は、堂司以下平衆の皆様が少し遅れて下りていかれる様子。

この下堂の時にちょうど奈良太郎の午前1時の鐘が聞こえました。
※奈良太郎の鐘は、普段は午後8時の1回。
ただ修二会中は午後7時と午前1時の2回撞かれます。

予定より下堂時間が遅くなっているのは、「大導師作法」が随分ゆっくりで、個人的には大導師の唱える祈りの言葉がよくわかってよかったのですが、時間をかけてゆっくりだったのは、牛王刷りに時間がかかっているからではと、聴聞歴の長いお客様からお聞きしました。
※牛王刷りは8日9日の初夜と後夜の大導師作法と咒師作法中に行われ、東の局からは、それらしい雰囲気がわかります。 

8日目の行法が終わった二月堂より
登廊の向こうに奈良の街と8日目のお月様。

2025年3月7日金曜日

二月堂修二会2025*「走り」を南の局から

令和7年3月6日 

20:30頃二月堂着
初夜の神名帳から、南の局で聴聞。
「走り」のある日はお香水をいただける西の局に聴聞者多く、私は膝が悪いことからゆったり座れる南の局で拝聴することに。
南の局の真ん中あたりは、北の局の西寄りよりも内陣の中がよく見え、聴聞者が少ないこともあって、立ったり座ったりと今日も「ガン見」の聴聞をしています。

因みに「ガン見」を調べてみると
・無意識に「推し」の姿を目で追ってしまったりする状態
・正面からまともに見据えること、まじまじと見ること
・・・とあり、まさに修二会の法会は「推し」だわ!と我が意を得たりでした。

目で追いながら聴聞していると、大導師作法も咒師作法も言葉がしっかり聞き取れるようで、今まで全然聞き取れなかった大導師の「加供帳」の過去者に、2年前に遷化された守屋長老の「弘斎大僧正~」をしっかり聞き取ることができました。
また大導師さんの「諷誦文」もよく聴くことができ祈る気持ちを共有させていただきました。

「初夜」に続く「半夜」に入る流れも見ていて何となく少しわかったような気もします。時導師は南座から立たれた権処さんで、所作の動きがよく見えて、「悔過板」や「円灯」もわかりました。また半夜の五体は、こちらも南座から出られたので南二さんだとわかりました。

「半夜」が終わるころに、いよいよ「走り」が始まります。
昨年も南の局から拝見させていただいたので、舞台裏の動きを見るのは2度目になります。

咒師と三職の四方加持「大悲者だいしゃ大悲者大悲者大悲者・・・」「ホ」「ホ」や、和上の「南無頂上」と「南無最上」(それぞれ正面で3回2回1回と唱え立礼、唱誦と唱誦の間に壇回りを一周行道)、その後は、大導師から順番に、西正面に来ると「南無最上」を長くフシを引いて壇回りを一周しながら唱える「長最上」に。 大導師以下「南無最上」を行道しながら唱えて、次の方に順番交代の時に向き合って軽く一礼されるのは南西の角と確認。

そんな所作を今年も拝見でき、あらたに「次第香水」の場面をよく見えないながらも拝見でき(帰宅して赤本で確認すると根本香水だそう)、また礼堂香水で、中灯望月師と権処永観師が南の須弥壇下から香水を汲み上げるところも見ることができました。(こちらは根本香水ではないそう)
西の局で、堂童子の見事な戸帳巻上げや走り五体を見たり、お香水をいただいたりはできませんでしたが、そして「走り」全体像もまだ全然わかっていませんが、それでも少し舞台裏の様子を拝見できたことで、もっと知りたいと思うのでした。

「後夜」の始まり、南座の3人(南衆の筒井師、南二の清水師、権処永観師)による法華音曲読経から、司の「南北!」大導師「南座は~」咒師「北座も~」を聞いて、二月堂を後にしました。

2025年3月5日水曜日

二月堂修二会2025*夜の聴聞、豊かな時間

修二会期間中の前半1日から7日までは大観音さんがご本尊の上七日。
後半の8日から14日までは小観音さんがご本尊となる下七日。
上七日に比べて下七日は声明も「引上げ」という略式の形式になり、下堂時間も1時間程早くなります。
翌日の仕事のことを考えると下堂時間の早い「下七日」につい多く通ってしまい、「上七日」の聴聞は時間を絞ったピンポイントになることが多いのですが・・・

でもそろそろ下堂の「チョーズチョーズ」を聞きたいと

令和7年3月4日
半夜の途中から入って最後まで聴聞のつもりで、防寒完全フル装備で家を出ました。

とんでもなく冷える寒い寒い日のおかげで聴聞者も少なく、北・東・南・西の局と順々に扉を開けて、今日はどこで聴聞しようか、とにかく北の局が私を入れて3人なんてありえないと、まずは北へ。

北の局からは半夜 時導師の南衆さんがよく見えました。
大きな身体から発せられる豊かな声量。まるで身体が楽器のようにも感じてしまい、その調べに揺られて聴聞できることの有難さ。

この後「法華懺法」から西の局に移って「後夜」「晨朝」まで聴聞。

久しぶりに「粥食偈」を聞き、気持ちもソワソワと下堂の「チョーズチョーズ」を聞くために外に出て、見知った人たちと挨拶を交わしながら、やっぱり動画で撮ってしまいます→ 

練行衆、皆さん揃ってのご様子を拝見するのは2月末日の「参籠宿所入り」以来なので、猛スピードで下りていかれる大導師、和上、咒師のお三方と、遅れてゆっくりペースで下りていかれる堂司と平衆の皆様。司の池田師はこちらに会釈をして下さって有難いことでした。

最後まで聴聞されていた方の中に、奈良倶楽部のお客様もいらっしゃって、帰り道は一緒にぶらぶら歩きながらのお喋り。同じ時間を同じような想いで共有して「よかったねー」と感想を言い合えるのも贅沢で豊かなこと、帰宅してもしばらく余韻に浸って、その豊かな時間を反芻していました。

2025年3月4日火曜日

二月堂修二会2025*参籠3年目の神名帳

令和7年3月3日
夕刻に、今晩の神名帳読み上げは、参籠3年目にして初めて読役を与えられる上司永観師だという情報が入り、午後8時半頃に二月堂へ急ぎかけつけました! 

神名帳は東の局の北寄りで聴くのがいいのですが、膝を悪くして正座ができないのでなるべく空いているところと、南の局に入りました。

まだ初夜の悔過作法に入ったばかりで間もなく五体が始まるところ。
南の局は南座の様子がなんとなくわかります。多分、私の目の前の練行衆は永観師ではないかと思われるのですが・・・この後、五体人として礼堂へ出座されたのです。
これから初読役が控えているのに、直前に五体投地をされることに驚くとともに緊張されていない様子に感嘆しました。

南の局からは、神名帳の前に堂司が神燈を点火されていく様子がよく見えて、両手を左右に大きく広げて2本の松明で外側から同時に一つ一つ点火していく様子を見ながら、今年の奈良博の講座で狭川長老のお話に合った、腰をかがめて点灯するのがちょっとつらいとおっしゃっていたのを思い出しました。
堂司の軽やかな動きに見入りながら、外からはうかがい知れないことにも思いを馳せておりました。

さて、永観師の神名帳は、一字一句とても丁寧に読み上げて、それでいて緩急織り交ぜた調子が聴くものを飽きさせず、じっくり耳を傾けさせてくれます。
早口のところのスピード感と、相当な早口なのにしっかりと名前が耳に届くという素晴らしさで、最後の御霊さんのところの低音のどっしりとした響き。
語彙力がなくてこんな表現はおかしいかもしれませんが「圧巻のパフォーマンス!」という読み上げでした。
神名帳が終わって、北座から自席に戻ってこられる様子を南の局で拝顔できましたが、とても晴々とした清々しいお顔で、若い練行衆の方々のこれからが楽しみです。

内手水のあと、初夜の大導師作法。

内閣総理大臣~と続く「加供帳」
ここの最後の方の過去者に、2年前に遷化された弘斎師のお名前が聞き取れるか耳を澄ますも聞き取れず。
公照師や、尭海師、永慶師、晋海師など、私が奈良に越してきた当時にいらっしゃった方々のお名前は聞こえました。

そして大導師さんの祈りの言葉「諷誦文ふじゅもん」で、今年も阪神大震災以降の大きな自然災害について触れられ、改めて一緒に祈りを捧げる気持ちで拝聴しました。

「初夜」の咒師作法から「半夜」へ。「法華懺法」は、西の局に移動しないで、そのまま南の局で聴き、今晩もトウの北二さんのお声に聞き入るひととき。

「本手水」の後、早い目に戻ってこられた「法華懺法」三役以外の平衆さんでの内陣掃除の様子は、南の局からだとよく見えて、それぞれのお役をされる練行衆の動きを興味津々で拝見いたしました。

内陣掃除がおわって、「後夜」が法華音曲の読経で始まります。
今までの聴聞では いつもこの時間帯は局の外に出ているので、内陣掃除も読経も初めての拝見でした。
そして「南北!」の声を聞き、聴聞の余韻に浸りながら帰りました。


トップの画像は、舞台から見えた三日月(スマホの限界!)

2025年3月2日日曜日

二月堂修二会2025*初日は「半夜」のみ聴聞

令和7年3月1日
1274回目を迎える二月堂修二会の初日は、これから2週間のハードワークを考えて無理のない聴聞にしようと、大好きな法華懺法のある「半夜」の時間帯に合わせて出かけました。

午後11時、二月堂へと続く裏参道。
近づくにつれて、杉葉が燃え残った匂いや、遠くに見える菱灯籠の輝き、せせらぎを流れる細やかな水音にさえも、視覚聴覚嗅覚が研ぎ澄まされて別世界へと誘われそうになります。
おそらくここが幽玄の世界への入口なのかも…

そんなことを思いながら、声明が漏れ聞こえてくる西の局の扉を開けると、ちょうど称名悔過の時導師は清水さんのお声のようです。
伸びのある声に復唱するガワの声。
若い力強さを身体中に感じて、聴聞に出かけるのを躊躇していたけれど、やはり来てよかったと思わずにはいられませんでした。

程なくして「五体」が始まり、西の局の後ろの方からはどなたが五体人か見えませんでしたが、南無観の宝号とドシンっと床から飛び上がるくらいの震動に、これはすごい!と、強い力をいただきました。 (後で聞くと、五体人は佐保山暁祥さんだったそう)

続いての法華懺法は、衆之一さんが頭トウで、ガワが南衆さんと北二さんのお二人。
姿は見えないのですが何となく声でわかるようになってきたのが有り難いことです。
耳をそばだてうっとりと聴き惚れて夢見心地な時間でした。 
舞台から見える奈良の街の、宝石を散りばめたような美しさに心も浄化されて、初日はここまでと、日付が変わる夜12時ちょうどに二月堂を後にしました。

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年齢を重ねると共に今年はどこまで聴聞できるか、ひょっとして体力温存のために、それほど出かけないかもしれませんが、自分メモとして聴聞記録を残していこうと思っています。
ただ、ブログに綴るのはあくまでも私個人の感想です。
時には間違っていたり勘違いしている内容もあるかもしれません事、ご了承ください。

2025年2月28日金曜日

二月堂修二会2025*「参籠宿所入り」

2/28 午後3時過ぎ、別火坊出発。
大仏殿北側の二月堂裏参道を通って、練行衆の皆様は二月堂下の参籠宿所に移られます。
今年も小雨の中、和傘をさして粛々と進んで行かれます。

ここ数年は毎年同じ場所、大仏殿の後ろでお見送りさせていただき、その後 二月堂まで追っかけをすることもなく、参籠の皆様が無事に満行されますようにと、静かに祈念して仕事に戻ります。
帰り道、僧坊跡北側の資材置き場の梅が満開になってました。
ブログに動画を貼り付けられずに、毎回 Instagramにポストしたものを見ていただいているのですが、3枚目 の画像に、小綱さんが常燈の覆いと食堂前の結界を持ち、加供さんは牛王の灯芯をいれた華籠(2枚重ねて蓋をしているもの)をお持ちの様子が出ています。
動画では、参籠衆の皆様が大仏殿北中門より大仏様に合掌礼をして二月堂へ向かわれる様子もご覧いただけると思います。

2025年2月23日日曜日

二月堂修二会期間中の奈良倶楽部では*

 二月堂修二会本行期間中の奈良倶楽部について++

奈良倶楽部は、二月堂まで歩いて15分という距離にあるため
練行衆上堂のお松明の見学だけではなく
深夜の行を聴聞されるお客さまも多くお泊まりいただいています。
また、初めての方にはできるだけのサポートを心がけています。

◇深夜の聴聞にお出かけのお客様のために門限フリーにしています。
(ただし、22:00までにチェックインをお済ませ下さい。)
◇お部屋に電気ポットやお茶のご用意の他に
この期間だけ、身体がほっと暖まる「生姜湯」をサービス。
◇夕食に「お食事処たちばな」(火・水休み)と「だいどころ飛鳥」(3/1・3/8・3/12にのみ配達)のお弁当を手配致します。
◇ふだんの朝食の時間は午前8:00頃ですが、
3/1、3/12、13、14日にご宿泊の方の翌朝食は8:00~8:30と
少しごゆっくりめにも対応致します。素泊まりでも承っています。
◇修二会関係の写真集や解説書などたくさん揃えております。
期間中の行法のタイムスケジュール表などもご用意しております。

::
奈良倶楽部通信内の修二会についての過去記事と注意事項など。

◇まずは「お松明」について・・・
舞台下の斜面で(竹柵の中に入って)見学するには、人数制限がありますので早い時間に行かないと中に入れません。
目安として平日は17時までに、週末はもっと早い時間に竹柵の中に入れなくなるようです。ただ、戸外で長時間待機するのが難しい場合は、竹柵の外の見やすいポイントを、チェックイン後にご案内していますので、お松明見学をメインにされている方はなるべく17時までにチェックインをお済ませ下さい。
※参考までに、昨年(2024年)は参拝者が大変多く、17:10には竹矢来の中に入れなくなったそうです。

お松明の上がる時間と本数
3/1~3/11と 3/13は毎夜7時(19:00~)から10本/約20分
3/12は夜7時半(19:30~)から11本/約45分 ※移動しながらの拝観になります。
3/14は夜6時半(18:30~)から10本/約10分

※注意事項
・フラッシュ・ストロボや三脚・一脚を使用しての撮影は禁止です。
・二月堂周辺は段差が多く、転倒など足元にご注意ください。
・お松明は、二月堂に上堂する練行衆の足元を照らす灯りで、観光イベントで行われているものではありません。マナーを守って安全にご覧いただくようお願い申し上げます。

◇お松明についての過去記事
・竹柵の中の登廊近くで見学したお松明  2016
・3/12の籠松明見学 2012
・籠松明の部品作り 2010
・3/14の尻焦がし松明見学 2012
・奉納の竹がお松明に 2014 2024

◇お昼間の二月堂の様子についての過去記事
・3/1お昼の二月堂点描 2013
・3/1「惣神所そうのじんしょ2012 /2020
・食堂作法について 20082012
・生飯なげ 20202021
・お昼の二月堂で 20102014
・参籠お見舞いに伺う 20152016
・「数取懺悔」 2017
・お昼の法要 20202020202120222022/2025

◇夜の聴聞についての過去記事
・「一徳火」と「開白法要」2017
・「称揚」 2008/2017
・「法華懺法 ほっけせんぽう」を聴く 20122013
・「過去帳」聴聞 2011/2017
・「大導師作法」聴聞 20142020
・「 咒師作法」聴聞 2015
・「上七日」3/5の「後誓と勧請」2016
・「下七日」に唱えられる「教化きょうけ2016/2017
・「小観音」さんのお松明 2010
・「小観音後入」2011/2016
・「蜘蛛の巣払い」2024
・3/11深夜の聴聞 20132014/ 2025
・「お水取り」 2012
・「達陀だったん」の様子 2008 /2024/2025
・ 「名残の晨朝」2009/2016
・「深夜の満行下堂」2013
・3/14「服喪中(ブク)」の年の聴聞 2018/2019
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今年も、練行衆や参籠衆と拝観者の距離が近いところは立入禁止区域になってますが、登廊や北茶所など一部時間帯を除き規制緩和されたところもあります。
またお松明の時間帯は二月堂周辺への立入りが禁止されています。
注意事項の詳細は東大寺HPをご参照ください。
(ブログにも詳細をまとめています→ )

3/1~3/14の間、二月堂遠景を定点撮影し、インターネットの「ニコニコ動画」にてライブ配信が行われます。お松明の様子もこの映像配信でみることができます。→

2025年2月22日土曜日

二月堂修二会2025「御輿洗いと内陣掃除」

2月21日 朝8時より二月堂で小観音さんの御厨子を祓い清める「御輿洗い」が行われます。
(2022年に拝見した時は8:30に着いて「御輿洗い」が終わったところだったので、今回は8時10分前に二月堂に着くようにしました)

二月堂に着いて西の局の南側に場所を取ります。ここからは、礼堂南寄りにある二月堂常灯の「おたま」が真正面に見えます。
この礼堂の南寄りでかなり局に近いところに御輿を乗せる漆の台が置いてあり、ここに小観音さんのお厨子が運ばれるようです。
自然光の明るさで格子越しでも礼堂の中がよく見えます。

そうこうするうちに、練行衆の司(堂司)と平衆7人が礼堂に入ってこられて、司が持っている内陣の鍵で内陣の扉を開けます。(堂童子が開けられたように思います)
(司が管理している内陣の鍵については、20日の別火坊入りの際に撮影した池田師がお持ちの様子をご覧ください

そして、内陣より小観音さんの御厨子を担ぎ出して礼堂の漆の台の上に安置します。

この時、衝撃の事実というか、自分が大きな勘違いをしていたことを知りました!

それは、内陣の扉を開けたときに、ご本尊の大観音さんの前の須弥壇の上に小観音さんの御厨子が安置されていたことなのです。
今の今まで、小観音さんは普段は大観音さんの後ろにいらっしゃる(下七日だけ前に出御されるのだ)と思い込んでいたので、びっくりでした。
3/7の出御の時に後ろから出て来られるので、3/15の破壇の後はまた後ろに戻されているのだと思い込んでいた訳です。
帰宅して小学館の「東大寺お水取り」P.240の「本尊」のところを読むと、『小観音は常には大観音の前に安置されてあるが、・・・2月21日に大観音の後ろに移されて・・・』とありました。
つまり、後ろにいらっしゃるのは2/21から3/7までなのですね。

自分が知らなかったことはさておき
御輿洗いとは、小観音さんの御厨子に溜まった1年間の埃や煤を、まず荒神箒のような小さな手箒で埃を落として、その後、お湯で絞った布巾で丁寧に拭いていかれます。
御輿を荘厳されるのは平衆の上座の4人で、拭き終わったらとても綺麗になったのが見た目でもわかります。
清拭が終わると華鬘けまんや瓔珞ようらくなどの荘厳具を会中用のものに取り換えられますが、常の荘厳具と比べて、これも見た目でわかるくらいキラキラと輝いて見えます。その会中用荘厳具がどこに仕舞ってあるのかというと、これも驚きの場所でした。(ブログにうまく書けないので、興味のある方は来年以降、機会があれば実際にご覧になってくださいませ)

御輿の荘厳が終わると、内陣須弥壇の裏正面に安置されます。

この後、礼堂に五体投地板を設えます。
五体投地板は、明るい何もないところで見るとかなりの長さ(6m)で、二月堂職員さんたち数名で運んでも重そうです。
南の局の方に置いてあったのを礼堂に移動して、端の方を床に金具で留めるのですが、床下に入った職員さんが下から固定したりで、興味深く拝見しました。
そして、間に入れる枕木の位置によって板のたわみの加減が違うようで、「五体投地の名手」と密かに呼んでいる佐保山師が試しに軽く打ってその具合を確かめておられました。(今年は平衆に戻られたので佐保山師の五体投地を拝見できる機会がありますね)

さて、平衆上座の練行衆が「御輿洗い」や五体投地板の設えをしている間、他の練行衆は内陣の埃を掃き出したり須弥壇を拭いたりと内陣掃除をされています。
この時、戸帳も須弥壇を荘厳しているものも何もないので、真正面にしっかりと須弥壇を見ることになり、須弥壇の下段の様子も拝見できました。

一年間内陣にあった「悔過板」や「常燈の覆い」「灯芯箱」「諷誦箱」などの別火坊へ持ち帰る物や、昨年の修二会で使ったもの(長柄の箒や荘厳していた南天など)が、この時に内陣から出されます。

内陣掃除が終わると、一同は礼堂に着座し堂童子が内陣正面の扉を閉め施錠して退出されます。(ここまでで約1時間ほどでした)
退出される練行衆の皆様。
修二会本行の下堂風景のようで、胸が高鳴りますね。
練行衆が下りられた後、三役さんが下りてゆかれます。
2022年に拝見した時は、「悔過板」や「常燈の覆い」を三役さんが持って下りられたのですが、今回は何も持ってらっしゃらなくてどうしたのかなと思ってましたら・・・その後

修二会期間中のみ上がる菱灯籠の取り付け作業を見学して





帰宅途中の私の目の前を、荷台に「悔過板」や「常燈の覆い」「灯芯箱」「諷誦箱」などを乗せた軽トラが走って行きました。
カメラを出すのにモタモタしていたので、軽トラは遥か先に。でもしっかりこの目で荷台に乗っているのを見届けました。↓

こちらは、小観音さんの御厨子を清拭していた布巾と、昨年の修二会で須弥壇を荘厳していた南天です。処分してあったのをいただいて帰りました。
煤で黒く汚れた布巾ですが、小観音さんを荘厳していたものなので、私にとっては大変ありがたいものです。

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さて、こちらは2/20に開催された「京終さろん」の講座『練行衆が描いたお水取り~新薬師寺の画僧 福岡隆聖~』で、中田文花さんがご紹介されていた、福岡隆聖師の画集より
小観音さんの御輿のようす↑と、別火坊の床の間のようす↓
床の間に飾られている「悔過板」「常燈の覆い」「諷誦箱」(白い箱)がよくわかりますね↑
福岡隆聖師の画集は新薬師寺で販売されています。(奈良俱楽部でもご覧いただけます)また、中田文花さんの講座は配信で視聴可能です。(ツイキャスでまだ販売されてないようですが)

長々と書き綴ってしまいましたが、今年も修二会を自分の可能な範囲で拝見拝聴し楽しもうと思っています。
またどうぞお付き合いくださいませ。