2026年3月14日土曜日

二月堂修二会2026*3/13の聴聞

3月13日 4日ぶりの聴聞、そして今年最後の聴聞になります。
ホテルの仕事上お昼に出かけることが難しく、「日中日没」はほとんど聴聞できずにいますが、この日は見てみたいものがありお昼に出かけました。

12日に掛けられる「生けの燈心」「灯芯の結界」そして「牛玉の牛」を、お昼間は明るくて見やすいのではないかと思い、 日中の法要時に西から北・東・南の局をまわってみたのですが、日中は灯芯に明かりが灯らず意外に暗くて目を凝らしてもわかりませんでした・・・。
(東の局から達陀松明の明かりで見たことはあるのです→

閼伽井屋は榊でラッピングされていました。(3/11閼伽井屋飾り)

「お水取り」の行われた12日が過ぎて、13日の二月堂は少しのんびりした様子で、籠松明を括りつけていた蔓をむしゃむしゃ食べる鹿たちの姿も長閑です。

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そして夜。今晩は冷えるし、12日や14日に比べて人出も少ないのではと思い、遅くに二月堂に向かいました。

北側の菱灯籠は外され、そこかしこに昨晩の名残が感じられます。

22:30 西の局の外には中に入れない人が大勢いて、私は空いていた南の局で聴聞しました。

ちょうど半夜の勤行が始まったところで(初夜の教化が聞けなくて残念でしたが)、耳を澄ませながらも、いつの間にか意識が飛んでいたようで・・・「走り」が始まっているのはわかっていたのですが、どこか遠い世界の出来事のような・・・そのうちに後夜の声明が聞えてうつらうつらと聴きながらも遠のいていく意識・・・。
恥ずかしながら寝落ちしていました。そして何と!「つけんだりや~」の声にびっくり飛び起きたのです。

「つけんだりや~」「未だし~」
「つけんだりや~」「つけんだり~」
南の局の東寄り、達陀松明を点火するところがよく見える位置に移動して、松明の炎の勢いを全身に浴びるような気持で拝見しました。

南の局からは正面での様子は見えませんが、ブーブーの法螺の音や鈴や錫杖の振り鳴らす音、火天と水天の跳躍する気配を感じながら、何周も内陣を一巡する達陀松明が北から裏正面を通って南に向かってくるのを目の当たりに見て、舞い散る火の粉に強引に心身が浄められたようで、炎の威力は凄いと思うのでした。有難し!

その達陀松明が内陣南東の角で消火されてまもなく、後夜の「咒師作法」の続きで「教化」が唱えられました。聴けた!
そしてまもなく晨朝になって、15分ほどの短い時間内の法要ながら勢いある声明の数々を今宵も聴けて有難しなのでした。

今晩も司と平衆の下堂をお見送りして、顔見知りの人達にご挨拶し、観音様に手を合わせて二月堂を後にしました。

二月堂北茶所で6年ぶりに「観音うどん」が復活していました。
(局に入ると余裕がなくて今回はおうどんをいただきませんでした)

ご一緒になったお客様方との帰り道、初夜の大導師作法の加供帳で奈良倶楽部の名前が聞こえたと教えていただきました。身に余る光栄なことで、観音様とのご縁をこれからも大切にしていきたいと切に願うのでした。(後夜でも唱えてくださったのかもしれませんが聞き洩らしていてすみません)

午前1時半、大勢の参拝者と下堂を待つ時間。
生駒山の向こうが明るい3月13日の深夜、ふと81年前の夜は生駒山の向こうが空襲で真っ赤に染まっていたという話を思い出して戦争絶対反対と心しました。

2026年3月13日金曜日

二月堂修二会2026*下七日の聴聞

下七日に入って8日9日の牛玉日に聴聞した記録です。

3月8日は、初夜「大導師作法」の途中から。
牛玉刷りの日なので、大導師作法もゆっくり唱えられます。
大導師の祈りの中で今年初めて「諷誦文ふじゅもん」を聞くことができました。「敬ってもうす~諷誦文のこと~」で始まり、自然災害や天候異変、また他国への軍事侵攻など、今の世を憂え嘆く言葉が聞こえ、大導師さまに合わせて聴聞者の一人として世界の安寧を祈りました。

続いて「咒師作法」からの「教化きょうけ
下七日の初夜と後夜の咒師作法の最後に唱えられる「教化」はとても美しい誦句で、下七日に通う楽しみの一つになっています。

初夜では、「いさぎよき補陀の都に・・・」と咒師のリードの後にガワの「法の声常に聞かむと杖奉る声奉る~」。
後夜では「父母を仏になさむ」の後に「よしをなみ補陀の都に杖奉る声奉る~」。そして「九条錫杖」が唱えられうっとり聞き入ります。

3月9日は少し遅れて奈良倶楽部出発。
初夜の教化が終わったあとでしたが、半夜に唱えられる「法華懺法 」も聞き、後夜の読経、称名悔過の起居礼、観音散華と、日を重ねるごとにお声明が少しずつ耳に馴染んで、聴聞の楽しみとはこういうことかなと思うのでした。

8日には籠松明も出来上がってました。

かわらず美しい奈良の街。修二会聴聞の夜に二月堂から眺める奈良の景色にいつも心があらわれます。
両日とも晨朝の最後まで聴聞しており
いつもはチョーズチョーズの下堂風景を見ようと「粥食偈」の「夜あけんだりや~」「くら~し」を聞いたらすぐに局の外に出て待機してしまうのですが、この2日間は晨朝の最後まで聴聞。

晨朝の宝号では「ナムカンナムカン」のはざまに「ノウカンノウカン」も挟まれて、そのリズムよく勢いよく何より練行衆の皆様の息もぴったりの宝号を聞くと、ワクワクする気持ちにエネルギーも満たされていくようです。

最後まで聴くと、大導師・和上・咒師さん達の下堂のお見送りはできず、司から平衆のチョーズチョーズの頃に局をあとにしました。

2月後半から3月2日までの春の陽気のような暖かさはどこへやら。
夜の冷気とともに修二会らしい冷え込みの毎日。
それだからこそ、「お水取りがすむまで春はこない」と、春の訪れが待ち遠しい気持ちになるのでしょうね。

2026年3月12日木曜日

二月堂修二会2026*「走りとツレ五体と後入」

3月7日は小観音さん出御しゅつぎょと後入ごにゅうのある日。
18時過ぎに礼堂で行われる出御は 奈良倶楽部を留守にできない時間帯で、未だ見たことがありません・・・。
(出御を拝見されたお客様方から「とても素晴らしかった」という感想を聞くだけでご案内のし甲斐を感じていますが。)

3月7日 土曜日の局の中はぎっしりの人かもしれない…と、出かけるのを躊躇している自分に、こんな気持ちなら何年経っても小観音さん後入は見られないと、気持ちを奮い立たせて遅くに出かけてみました。

22:45、ちょうどこれから「走り」が始まる時間。
おそるおそる西の局の扉を開けてみると何となく入れそうな様子で、お香水をいただきたい気持ちもあって、今宵は西より拝観することに。

「走り」については、南の局から拝観した昨年と一昨年が 舞台裏を見るようでしたが、西の局からはその様子を見ることはできず、でも戸帳に映る和上さんの「南無頂上」のシルエットがただただ美しく煌めいているのを拝見できて有難いことでした。

和上の「南無頂上」の後の「南無最上」3度目で、堂童子の戸帳巻き上げの見事な手捌きも拝見。堂司が走りの松明を床にたたきつけるところも拝見。そしていつの間にか練行衆は差懸を脱いで足袋はだしになって、ヒタヒタと無音で走り続け、走り五体をされる。
(走りの身支度をされながらの行道。今年は新入さんの身支度を大導師さんが治してあげる場面もあったとか。南の局で見られたそうです。)
「シッチヘン」や「帳おろせ」なども耳に入り、でもやはり「走り」の全容はまだまだわからず、そうこうするうちに「礼堂に香水を参らせー」が聞こえます。
前から3列目でしたが、1列目の方の頭の上越しに格子に手を入れ、手の平にお香水を滴らせていただきました。ひんやりして口に含むと甘露、有難いことでした。

さて、7日は「走り」のあとの後夜法要時に「後入」があります。
「後入」についてはほとんど知らないことばかりなので、この日に耳に聞こえたことと目で見たことのみを書いておきます。

まず7日の後夜では、通常の五体投地ではなく、内陣裏正面で「ツレ五体」という特殊な五体投地をされます。そのためお香水をいただいたら、西から北・東・南の局に多くの方が移動されました。
私も行こうかなと思いつつ、西の局の一列目が空いたので、そこで並行して行われる「後入」のための準備の様子を凝視することに。
そうこうしているうちに、向こうの方でドォンと低く鈍い音が聞こえてきます。「ああ、やっぱり見に行けばよかった」と思いつつ、その重低音の響きを耳でだけ聞くとかえって「ツレ五体」の苦しさが想像されて、苦行をされている練行衆に手を合わせておりました。
(何故ツレ五体をするのかというと、小観音さんを驚かせないために礼堂で五体をしないのだそうですが、それなら後夜だけでなく初夜や半夜の五体もそうあるべきだから、この説は違うのではと思ったり。ちなみに二人でするから連れ五体だそうです)

後入のための準備をされているところは見えるようでいて、内容把握できず。でもふと見ると、戸帳の前に小観音さんの荘厳具(らしきもの)が置かれて、それを大切に警護するように控えている堂童子さんが見えました。その後、戸帳の裾から内陣へ入れるところも見えました。
礼堂に立てかけてあった暁御輿松明はいつの間にか北出仕口のところに横たえて置かれていて、火がついていました。
内陣の中では、須弥壇の前の小観音安置の場所を整えている様子が伺えるのですが、多分常燈や神燈などを下におろしたり移動したりされたのでしょう。正面には灯かりが見えず、戸帳もグレーに見えます。今まで煌めいていた世界がグレーの世界になってびっくりしました。

準備が整い、いよいよ後入。さすがに私も南の局に移動しました。
南の局の東側に位置したので、外陣北での法要の様子は見えませんが声は聞こえました。(次回は北の局に入るべきだとメモ)
外陣を進んでこちらに向かってこられる小観音さん。御輿を担ぐ4名の平衆(中田さん、平岡さん、望月さん、永観さん)のお顔もよく見え、なにより御厨子の神々しさに思わず手を合わせて小観音さんが進んで行かれるのを見守ります。振り返ると、その時その場に居合わせた皆が合掌していて胸が熱くなりました。

暁御輿松明を担ぐ堂童子さんと小綱さんが、外陣の南東の角を直角に曲がる時、長い松明をうまく方向転換させての動作はお見事でした。
私の位置からは外陣東側がよく見えますが、内陣の格子戸の下に小さな灯明が置かれてあるのです。何かなと帰って調べたら、御厨子奉遷の邪魔にならないように輪燈を外して下に置いてあるのだそうです。

小観音さんが内陣へ入られたのを見届けてここで退堂しました。
お役目を終えた暁御輿松明と菱灯籠、そして遠くに奈良の街。
今晩も美しい景色を見せていただけました。
登廊を下りて細殿のところ、普段はその日に上げた燃えた後の松明がかけてありますが、この日は、翌朝につくられる松明の竹がすでにスタンバイしていました。
おそらく翌朝8日は籠松明を完成させる日なので、夜のうちに明日の松明を作りおえられたのでしょうか・・・。
帰り道、午前1時の奈良太郎の鐘の音を聴きながら家路につきました。

2026年3月11日水曜日

開業記念日に*

3月11日
今年も無事に奈良倶楽部開業記念日を迎えることができました。

ラインやメールでお祝いメッセージを送ってくださったり
お花や小物のプレゼントをいただいたりと、開業日を気にかけて下さっている方々がいるというだけで心強く励まされます。 


37周年という長い歳月、ここまで来られたことに感謝の気持ちと、これまで奈良倶楽部に関わってくださったすべての皆様にありがとうの想いでいっぱいです。

明日からもこつこつと、そして粛々と日々を重ねてまいりますので
かわらずどうぞよろしくお願い申し上げます。

2026年3月7日土曜日

二月堂修二会2026*観音散華と称名悔過

修二会本行が始まって早いもので今日で前半の上七日が終わり、明日からご本尊が小観音さんにかわる下七日となります。

有難いことにたくさんのお客様にご宿泊いただき、とても忙しくさせてもらっている一週間でした。

今年も、仕事に支障のない範囲で夜遅くに聴聞に出かけています。
上七日の聴聞では、今年あらたに「観音散華」と「称名悔過」で”ガン見聴聞”をしておりましたので、時系列で自分メモを記しておきます。

3月1日 23時少し前に奈良俱楽部出発
半夜の「五体投地」あたりに着いて西の局で聴聞。
ほどなくして「法華懺法」が始まり、初日は衆之一から始まる南衆・北二の3人が唱えられます。一年ぶりの「法華懺法」の調べにうっとりしながら、まだ先は長いと無理せずにここで帰りました。

あまりにも短時間のピンポイント聴聞でしたが、修二会の期間だけ二月堂に上がる菱灯籠を見るのも、鬼子母神前の結界の注連縄をくぐるのも、お役目を終えた松明の焼けた臭いが鼻をくすぐるのも何もかもが今年初めてで、有難い気持ちいっぱいで聴聞させていただきました。

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3月2日 初日があまりの短時間の聴聞だったので、2日目はもう少し早くに奈良倶楽部出発。ちょうど初夜の「咒師作法」の途中で、南の局で聴聞しました。
ほどなくして半夜が始まり、1月に友の会の講座で橋村管長からお話を聞いた「観音散華」が耳に入ってきます。
その後「称名悔過」の声明にうっとり聞き惚れている間に「法華懺法」が始まり、2日目は南衆・北二・南二の3人の唱和に至福のひととき。
先は長いと無理せず2日目もここで二月堂を後にしました。

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3月4日 しばらく「法華懺法」に絞ったピンポイント聴聞だったので、今日こそはゆっくり聴聞しようと21:30頃に奈良倶楽部出発。
初夜「咒師作法」そして、半夜から「法華懺法」までを西の局で、その後、南の局に移って後夜の「読経」から「晨朝」まで聴聞。最後の下堂も見届けることができました。





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さて、友の会の講座で詳しく教えていただいた「観音散華」。
いつもは行道しながら唱えられる美しい声明に聞き惚れるばかりでしたが、今回はつい数を数えてしまいました。
聴聞したのは半夜と後夜でしたが、半夜は5回、後夜は7回繰り返すことや、三辺廻って止まり、最後の回の「照十方セウジッポー」で大導師が差懸をコトリと鳴らしたのを合図に、また行道が始まることなど・・・。
そして散華(糯米を炒ったハゼ)を華籠から撒く様子というか、華籠を揺らす仕草や撒き終わった後の華籠を胸の前で立てて持つ仕草などを見るのも聴聞の中での楽しみとなりました。

「観音散華」から「称名悔過」そして「宝号」へと続く声明の流れがとても聞き応えあって好きな時間ですが、今年はここに後夜の「称名悔過」で拝見した下座のガワによる起居礼に目が釘付けになったことを記しておきます。

4日の聴聞で後夜は南に移動。
局で座った場所が偶然にも権処世界さんがよく見える位置で、「称名悔過」が始まると起居礼という、蹲踞の姿勢から数珠を揉みあげて立ち蹲踞に戻る礼拝を繰り返しされていて、その姿の美しかったこと。
両腕を高く高く上げて数珠を揉みまた戻るを何度繰り返されたことか。腕をまっすぐピーンと伸ばす姿も数珠を揉むリズム感スピード感も颯爽として、足を崩して座っていたこちらもすぐに姿勢を正して合掌しておりました。
観音様への真摯な祈りを目にすることができ有難いことでした。

2026年3月6日金曜日

二月堂修二会2026*「お松明」

3月5日 実忠忌
お客様方は過去帳聴聞や走りの行法をお目当てに、局に入る列に早くから並ばれて、「無事に青衣の女人が聞けました」とか、「お香水をいただけました」とか、「最後の下堂までいました」などなど、今朝は初めての方同士でも会話が弾んだ楽しい朝食の時間でした。


写真は5日のお松明。
(実はうまく撮れなかったので、動画からスクショしたものです)

お松明は、早くから並ぶといい場所から見ることができますが、反対にギリギリに行くとどんな感じかなと、そういうこともご案内で知っておいた方がいいかもと、18:20奈良倶楽部出発、18:40二月堂着で、三月堂と四月堂の間の広場から、人混みに揉まれて見学しました。

今までに何度も竹柵の中で見たことがある経験から言うと、やっぱり近い方が迫力があってダイナミックで勇壮で火の粉の舞にワクワクしたなぁと、正直なところ思いました。

今回は、良弁杉や灯籠で火の粉が流れ落ちるところが見えない位置になったりと、SNS映えの写真はインスタに上げた動画一枚のみでしたが、杉葉の燃える匂いや、奈良太郎の重低音の響きや、礼堂の鐘の音、練行衆か踏みならす差懸の音など、その場に行かないと感じられないこともあり、行中に一度は目にすることができてよきことでした。

2026年3月3日火曜日

二月堂修二会2026*「食堂退出」

3月2日 お昼の二月堂
12:45頃、練行衆の食事も終わり諸道具が片付けられていました。
破れ釜の「まんしょ」↑や大鍋↓



「食堂作法」が終わると、練行衆の皆様は生飯投げをして食堂を退出し、鬼子母神前で整列し和上さんを待ちます。
この時に『最後に出堂した和上が、皆の前を通り、袈裟の左肩をちょっと挙げながら、大導師に会釈する。大導師も同様に袈裟の左肩を挙げて会釈を返す。これを合図に、全員一礼して、参籠宿所のそれぞれの部屋に戻る』という所作をされることを、前日にお客様から教えていただき、それを赤本(東京文化財研究所芸能部編「東大寺修二会の構成と所作」)で確認しました。(青字の部分)
それを実際に確かめたくて、お昼に二月堂まで行ったのでした。 

動画はこちら
一瞬の動作なのでわかりにくいですが、確かに袈裟をちょっと持ち上げておられます。
この動作は、修二会の中で大切な所作なのかもしれませんが、小ネタ好きには堪らない出来事で、知らなかったことを知って一人盛り上がってしまいました。

細殿には今晩上がる初夜上堂松明が架けられていました。

二月堂下の広場に、今年は中央にも階段が作られています。 


13:00  日中日没の勤行のために上堂される練行衆と童子さんたち。
動画はこちら とても和やかな様子がいいですね。
日中日没の勤行は明るい中で行われるので、夜の聴聞とは違ってよく見えるところもあり、いつかゆっくり通しで聴いてみたいのですが、この日も仕事があって聴聞はせずに奈良倶楽部に戻りました。