2026年2月17日火曜日

久しぶりの朝散歩*

早朝5時45分
二月堂の鐘の音を久しぶりに聴きたくて足早に家を出ます。

正倉院北側に満開の白梅2本。仄かな香りが漂っています。
6時、二月堂の鐘の音を裏参道で聴いて、遠く興福寺の鐘の音も一緒に聞くことができました。
お松明に使われる竹の奉納もずいぶん増えていました。

後堂や正面で般若心経を唱えているうちに、少しずつ空の色が明るくなってきました。



2026年2月17日は旧暦正月
初日の出を見るのもいいかもと春日野園地の方へ廻りましたが
どんより曇っていたので、東塔跡から大仏殿の方へ。

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南大門から大仏殿中門までの参道拡張工事で幕の内側を何気に覗くと
吉村長慶さんが奉納した燈籠が横になっているようでした。
これは移設されるのでしょうか?地中に埋もれている台座の部分(大砲がついているらしい)を掘り起こして元の姿に戻されるのだといいのですが・・・。

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大仏池に戻って来たのは7時過ぎ。1時間ちょっとのお散歩でしたが、心も身体も軽くなったような気がします。

2026年2月15日日曜日

若草山へ*冬のドライブ

2月15日 気温高めで春のような陽気の中、奈良に遊びに来てくれた友人達と若草山山頂へドライブに出かけました。




冬木立の凛とした姿と、たっぷりのふかふか枯葉に包まれた鹿たちの無防備なまどろみを見て癒されてました。

若草山山頂で馬酔木の花を見つけました。
この陽気に誘われて花開いたのでしょうか。

この後、ドライブウェイを高円山の麓まで降りてそのまま正暦寺へ。
何度か訪れているのに、ようやくご本尊が孔雀明王様だと気がつきましたが、これも真冬の静けさのおかげかもしれません。
客殿の中はお庭も全て撮影禁止になっていて(以前はお庭に向かっては撮影可だったような記憶が)、これもそのおかげで気が散ることもなく、この場に向き合うことができました。 
正暦寺では南天の艶々と赤い実が美しく心に残りました。 

2026年2月14日土曜日

奈良博「お水取り」展と「公開講座」

 二月堂修二会を前に、奈良博で「お水取り」展を観賞。

エントランスに置いてある籠松明や、会場内に流れる声明を聞いていると、気持ちは一気に修二会の世界へ飛んでいきます。

食堂じきどうでの様子、こちらだけ写真撮影可です。重衣・食堂袈裟・袴・・・背中側にまわって重衣の僧綱襟もしっかり拝見。
また、小観音さんのお御簾の複製と写真も展示されていて、先日の空海寺でのお話会で拝見した、小観音さんの小さなお餅がどこにどのように飾られるのかもよくわかりました。

奈良博の「お水取り」展は3/15まで。(この後の休館日は2/24のみ)
修二会期間中はお休みなしで開館しています。
開館時間:2月中と3/15は9:30~17:00
修二会期間中の3/12は9:30~19:00・それ以外は9:30~18:00
いずれも入館は閉館時間の30分前まで

奈良博と東大寺ミュージアムの2館鑑賞者には特製散華がプレゼントされます。今年は二月堂焼経をデザインした散華をいただきました。

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そして2/14に狭川普文長老の公開講座があり、拝聴してきました。
題して「東大寺二月堂修二会行事・入門編~参籠する僧侶の役割~」

修二会の意味や何故行われるか、悔過会の意義などについてのお話。
その中で、二月堂の悔過会は勅命ではなく、僧侶自らが寄進を募って創始したのが特徴と、それ故、戦乱で伽藍を焼失し再建急務だとして国に修二会など厳修している場合でないと指導されても休止したことがなかったという胸アツなお話もあり。

ところで修二会存続の危機については、平重衡の南都焼き討ちや、三好・松永の合戦や、江戸時代に内々陣からの出火で二月堂焼失したことに加えて、太平洋戦争末期に練行衆3名に赤紙が来て残り8名で満行されたことや、近年ではコロナ禍の聴聞や松明拝観を中止してコロナ対策を万全にして行をされたことなどが思い浮かびます。
でも、内陣より出火がその他に2回(出火するも消火)、興福寺とのいざこざで存続が危ぶまれたりが3回、暴風雨で食堂損害・大地震で参籠宿所破損・室戸台風で閼伽井屋と食堂が破損などの大きな自然災害が3回と、今年で1275回目を迎える不退の行法にはもっと多くの存続の危機があったようです。
閼伽井屋の破損で内部の様子が白日の下にさらされたこともあったようです。(井戸2つの内1つは水が出ないことや井戸が浅いことなどもわかったようです)

小観音さんは12世紀前半までは印蔵(大仏殿北東にある。おそらく持寶院の近く)に保管されていて、毎年2月8日に二月堂に移されて修二会が終わると印蔵に戻されていたということも知って驚きました。
今は二月堂に常置されて、3/7から翌年の2/21までは内陣正面に、2/21の御輿洗いの後から3/7の出御までは後堂にいらっしゃいます。

修二会入門編とありましたが、脱線するお話が興味深いことばかりで、あっという間の楽しい時間でした。ありがとうございました。

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奈良博仏像館では「興福寺伝来の四天王像」が3/15まで特別公開されています。


4躯揃っての公開は28年ぶりだそうで、ぜひこちらもご覧ください。

2026年2月13日金曜日

奈良県美「奈良のモダン~美術をめぐる人々」

奈良県立美術館で開催中の特別展「奈良のモダン~美術をめぐる人々」を観に行ってきました。(会期は3/15まで・修二会期間中は休みなし)


展示構成は、第1章「近代の息吹~對山楼に宿る人々」と
第2章「華開くモダン~高畑界隈の人々」の2本立てで

第1章では、奈良の旅宿「對山楼」の宿帖を手がかりに、奈良を訪れた文化人たちの足跡が紹介されています。
宿帖から紐解いた構成が、今まであまりこういう視点がなかった新鮮さもあって、とてもよかったです。
横山大観の浄瑠璃寺・吉祥天像の写生画は正面と背面から写しいて印象的。(奈良県美のInstagramに画像有り
また、彫刻家・新納忠之介らが手がけた等身大の百済観音模刻像も素晴らしく、その威厳に満ちた美しさに思わず手を合わせてしまうほど。(県美Instagramに画像
この百済観音模刻像は大英博物館から模造の制作依頼があって造られたものの試作品だそうで、とても試作品とは思えない崇高さを感じて、昨年奈良博で開催された『超 国宝』展を思い出してしまいました。
ちょっと個人的なことですが、37年前に公民館の絵画教室でデッサンと油絵を習っていた間瀬謹平先生の描いた「ウォーナー博士」の油彩画があったこと。とても懐かしかったです。
明治時代の宿帖には、住所・職業・氏名・年齢が書いてあって、今の価値観からは違うことがめずらしく思いました。

第2章「華開くモダン~高畑界隈の人々」では、昭和初期に奈良市高畑の志賀直哉邸で花開いた「高畑サロン」ゆかりの画家たちの作品や、その後に形成された東大寺観音院に集う芸術家たちの作品など。大好きな須田剋太や杉本健吉の作品もあって見応えがありました。
この章のコラムで、浜田葆光と熊谷守一の知らぜらる交流が書かれていたのが興味深かったです。
また、この章では主に県外から奈良に足を運んだり移住した芸術家たちの交流を通して育まれた奈良の近代芸術を知ることができます。

会場では一部撮影可の作品もあり
浜田葆光「水辺の鹿」↑と水島弘一「仔鹿」↓

関連展示は、水木要太郎(十五堂)の絵画コレクション。
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歩いての帰り道、戒壇堂の栴檀の木に実が鈴なりでした。


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奈良のモダン~美術をめぐる人々
会場:奈良県立美術館
会期:3/15まで
休館日:月曜日(ただし2/23、3/2、3/9は開館)と2/24(火)
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

2026年2月12日木曜日

「蔵王松明講」の竹送り式

東大寺二月堂修二会に関わる講社として、50年ぶりに新しく結成された「蔵王松明講ざおうたいまつこう」の竹送り式が12日にあり、参加見学させていただきました。




駐車場から、講社の皆さんが手担ぎで5本の松明竹を奉納されます。
お天気に恵まれてよかったです。
写真家の野本さんのお隣で集合写真をパチリ。
「撮り終えたよ」と野本さんが言われた瞬間の、皆さんのほっとくだけた表情がいいですね。

参籠宿所の紅梅も咲き誇って、修二会の準備が進んでいました。


黒板は正岡子規の句「水取りや杉の梢の天狗星」
黒板の向こうでは竹矢来もできていました。
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三月堂北門は修理中、珍しい様子を思わず撮ってしまいました。

2026年2月8日日曜日

空海寺で「お水取り 修二会のこぼれ話」

2月8日  朝起きると、天気予報通りの雪。
お客様の車もすっぽり雪で覆われていましたが、ご出発の頃には何とか溶け出してよかったです。
「旅は家に帰るまでが旅」と言われますが、無事に帰れますようにと願うばかりです。

さて本日は「路地ぶら ならまち・きたまち」の講座があり、空海寺・森川真雅師の「お水取り 修二会のこぼれ話」を拝聴してきました。

森川真雅師は一昨年、昨年と修二会の練行衆として参籠された方。
上の写真↑は、講話を終えてポーズを取って下さった一場面です。
参籠で使われたものを展示して下さって、こちらは撮影可でした。
右側より、牛玉箱に根本香水↑
左から、差懸とホラ貝とホラ貝を入れる箱、そして牛玉札↑
紙衣と牛玉杖(とても長い!)↑
そして、小観音さんにお供えされるお壇供↓とても小さなお餅です。
大変貴重なものを拝見させていただけました。
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お話は「般若心経」お唱えしてから始まりました。
まず、修二会についての基礎知識や、幾度の困難な出来事も乗り越えて続けて来られた不退の行法について、そして空海寺と修二会のつながりについてなどのお話がありました。

空海寺と修二会~その一
曽祖父から4代続いての参籠で曽祖父は1925年(100年前)、父は1989年で上司永照師と同じ年に新入だったこと。
空海寺と修二会~その二
二月堂下・龍王の滝のところにある石碑に書かれている松尾芭蕉の句「水取や籠りの僧の靴の音」。それは大正時代の空海寺の住職・横井北泉師が揮毫されたものだとか。

この後は、東大寺職員だった方の写真や動画を見ながら、別火から本行そして満行までの行法の一つ一つを詳しく解説して下さいました。

最後に真雅師から「クイズ de 修二会」があり、平安時代、室町時代、江戸時代のできごとが、練行衆が書かれた「二月堂修中練行衆日記」からわかること、不退の行法として連綿と続く歴史の中の一コマを知ることができ、大変勉強になりました。
どうもありがとうございました。

追記>>
「クイズ de 修二会」の正解を2/16のブログでお知らせしますとお伝えしていましたが、クイズは今後も使われるとのことで、ブログでご紹介することを控えることにしました。楽しみに待っていて下さって皆様には申し訳ございませんがご了承くださいませ。