3月13日 4日ぶりの聴聞、そして今年最後の聴聞になります。
ホテルの仕事上お昼に出かけることが難しく、「日中日没」はほとんど聴聞できずにいますが、この日は見てみたいものがありお昼に出かけました。
12日に掛けられる「生けの燈心」「灯芯の結界」そして「牛玉の牛」を、お昼間は明るくて見やすいのではないかと思い、 日中の法要時に西から北・東・南の局をまわってみたのですが、日中は灯芯に明かりが灯らず意外に暗くて目を凝らしてもわかりませんでした・・・。
(東の局から達陀松明の明かりで見たことはあるのです→★)
「お水取り」の行われた12日が過ぎて、13日の二月堂は少しのんびりした様子で、籠松明を括りつけていた蔓をむしゃむしゃ食べる鹿たちの姿も長閑です。
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そして夜。今晩は冷えるし、12日や14日に比べて人出も少ないのではと思い、遅くに二月堂に向かいました。
22:30 西の局の外には中に入れない人が大勢いて、私は空いていた南の局で聴聞しました。
ちょうど半夜の勤行が始まったところで(初夜の教化が聞けなくて残念でしたが)、耳を澄ませながらも、いつの間にか意識が飛んでいたようで・・・「走り」が始まっているのはわかっていたのですが、どこか遠い世界の出来事のような・・・そのうちに後夜の声明が聞えてうつらうつらと聴きながらも遠のいていく意識・・・。
恥ずかしながら寝落ちしていました。そして何と!「つけんだりや~」の声にびっくり飛び起きたのです。
「つけんだりや~」「つけんだり~」
そしてまもなく晨朝になって、15分ほどの短い時間内の法要ながら勢いある声明の数々を今宵も聴けて有難しなのでした。
(局に入ると余裕がなくて今回はおうどんをいただきませんでした)
生駒山の向こうが明るい3月13日の深夜、ふと81年前の夜は生駒山の向こうが空襲で真っ赤に染まっていたという話を思い出して戦争絶対反対と心しました。





































