2024年4月28日日曜日

復曲能「奈良八重桜」初演

4月27日 「奈良八重桜の会」創立20周年記念事業の一つとして
復曲能「奈良八重桜ナラノヤエザクラ」が無事に初演の日を迎えました。


ここで少し、復曲能「奈良八重桜」について上演までの経緯を・・・

室町時代に創作されたものの、江戸初期以降は上演されずに今に至った能「八重桜」。この能が西野春雄・法政大学名誉教授によって発見され、古い謡の昔の文言を金春穂高氏が蘇らせて、多くの方からのクラファンなどの支援や、「奈良八重桜の会」会長はじめ会員の皆さんの熱意と執念で、本日めでたく400年ぶりの上演となりました。

舞台となった「国際フォーラム甍」の能舞台。
(写真↑は会員のK様より拝借しました)
四本の柱のうち、手前の目付柱が取られて、代わりにナラノヤエザクラの造り物が置かれていました。
なぜこのような趣向になったかというと、室町時代に創作された能の曲名は「八重桜」で、これを「奈良八重桜」という曲名にするには、ナラノヤエザクラの立木を出して小書能とすればよしということで、特殊演出となったのです。
舞台上のナラノヤエザクラの立木は、飯田深雪アートフラワー師範と教授のお二人が製作。遠目に見ても素晴らしい作品でした。
(写真↑はパンフレットより)

そしてあらすじは・・・
都の天皇に使える臣下が、奈良の春日大社に参詣します。
境内には、ナラノヤエザクラを仰ぎ愛でている老人が一人、立ち去る気配はありません。臣下がその訳を尋ねると、これが古人が歌に詠んだ「いにしえの奈良の都の八重桜・・・」であると言い、春日大社の起こりについて詳しく語り始めます。そして我こそ水谷神社の神の化身であることをほのめかして姿を消します。
その夜のこと、臣下が夢うつつの状態でいると、水谷の神様が現れて舞い、ナラノヤエザクラが咲き誇るなかで、平穏に栄える世を寿ぐのでした。(チラシより抜粋)

過去にお能を拝見した回数が少なすぎる素人の感想ですが・・・
後半の、水谷の神に扮する後シテの金春穂高氏の力強い舞い、囃子方の豪華でやはり力強い鼓や笛の音が圧巻で、夢の中に惹きこまれていくような強烈な引力を感じました。
初演から再演、再々演を重ねていってほしいし、これから奈良を代表する演目になっていくのではと思いながら鑑賞を楽しみました。
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帰り道、水谷神社にお参りして春日大社御本殿にも。
水谷茶屋の周りの新緑が輝いて眩しいくらい。

御本殿では「砂ずりの藤」も愛でて、佳き一日でした。