2022年3月4日金曜日

二月堂修二会2022*「3/2のお松明」

3/2の初夜上堂松明を見に行ってきました。
できるなら二月堂下の広場で見学したいけれど、あまり早くから行って長い時間待つのも・・・ということで

二月堂に到着したのは17:30。夕方の空の色がほんのりピンク色。
そうしているうちにブルーアワーの空の色。

18時前後は雨が降ったり止んだりの安定しないお天気でしたが、お松明が上がる頃にはすっかり雨も上がって、三度の案内が始まり、奈良太郎の鐘の音、処世界さんが撞く礼堂の鐘の音、明かりが消されて真っ暗な中でパチパチと杉の葉が燃えていく匂いや煙が燻される匂い。登廊間近で拝見するお松明は、大きくて、長くて、やっぱりすごい。



昨年は竹矢来の傍で見学できたのですが、今年は階段通路は空けておかなければならず、柵越しの写真になります。




最後は和上さまの松明。
静かに一歩一歩ふみしめて上って行かれました。
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Instagramにお松明の動画を3本上げています。→
実は、不思議な出会いがありました。
お昼間に二月堂で聴聞していた時もずっとお隣にいらした方と、お松明見学の時に偶然隣り合わせの位置になりました。
待っている間に話が弾んで、その方は東京から通っていることや私は東大寺の近くで奈良倶楽部という宿をしていることを話したところ・・・
十数年ほど前のお水取りの頃に二月堂で、私の父と話をしたことがあり、その時も東京から来たと話したら「うちの娘がこの近くで宿屋をやっていて、いつか機会があったら泊まってあげて」とパンフまでいただいたとおっしゃるのです。
確かに父はカメラ仲間と二月堂に撮影にきていたことがあったなぁと懐かしく思い出し(私も一度父と会ったことがあるのです)、食堂の前で会ったということは生飯なげを撮りに来ていたのだろうかと・・・。
もう亡くなって今年で5年になる父の、十数年前の出来事を聞いて本当にびっくりしました。うまく言い表すことができないけれど、いつでも今でも傍に居てくれているように感じました。

2022年3月3日木曜日

二月堂修二会2022*「3/2の日中・日没」

昨日3/2は一日中 時間の余裕があったので、午後から二月堂へ。
ちょうど食作法が終わって練行衆の皆さんが順に「生飯さば投げ」をして、食堂じきどうから退出されるところでした。
生飯投げの様子は動画でご覧いただけます→

食作法が終わって参籠宿所に戻ってほどなくすると、「日中」の勤行のために上堂にされます。参籠宿所西側から大導師さま
東側から和上さまがお出でになって一団となっての上堂です。
私も、南階段から二月堂へ追いかけて上がります。
先ほどの生飯投げの施食を鹿が早速食べておりました。
「惣神所そうのじんじょ」でお参りされた飯道神社の様子も下から拝見して、二月堂正面へ。

昨年は昼間もすべての扉が閉まっていた二月堂でしたが、今年は明りとりのために西の局の真ん中の扉が開いていました!
これはラッキーとばかりに、この後「日中」「日没」の勤行までこの場所で聴聞させていただきました。

さて、「日中」の時導師は処世界が勤めます。
「ナムカン、ナムカン」の宝号もとてもとてもゆっくりです。
五体投地も西の局の外側にいて中には誰もいらっしゃらないから、距離はあってもとてもよく見えます。
五体人は「日中」も「日没」も権処さんでした。
そして和上さまの「五体うちあげていりたまえ」も初めて聞いて感動!
そうそう、「日中」の勤行中にトントンという音がしていたのは、童子さん達が12日の籠松明の部品を作ったり打ち込んだりされているからなのです。

「日中」と「日没にちもつ」の勤行の間は下堂はされず、処世界部屋に移り、その後「勧進の間」で休憩して「日没」の勤行に入られます。
「日没」の時導師は衆之一さんでしょうか。
そして15時頃に「例時の間」に移って「例時作法」
ご存知のように障子だけになっているので、とてもよく聴こえます。
数名の聴聞者で至福の時間を共有しておりました。
「日没」の勤行が終わると、大導師、和上、遅れて咒師の下堂。
司と平衆は残って内陣掃除をされます。
私もいったん家に戻って、夜の「お松明」見学に備えます。
二月堂から下りると、籠松明の部品を作ったり、籠松明用の竹の長さを測ったりと、童子さん達も忙しくされていました。

湯屋入口のお花は昨日から白梅です。
「お松明」見学に続きます。

2022年3月2日水曜日

二月堂修二会2022*「2/28の二月堂点描」

2月晦日は練行衆が別火坊から参籠宿所に移られる日で
朝から二月堂周辺では諸準備が行われています。
過去記事ですが、午前中は
手向山八幡宮宮司さんによる湯屋お祓い→2021年
二月堂へお壇供、椿、南天の運び入れ→2013年
などが行われます。

今年は参籠宿所入りの時間(午後3時頃)より少し早い目の2時半頃に二月堂に到着して練行衆を待つことにしました。
(昨年は30分も早くに出発されていて、通常時間に合わせて行ったらすでに終わっていたのでした)
ブログ更新が遅れましたが、当日の様子を写真とともにご覧下さい。

二月堂に着くと、ちょうど童子さん達が練行衆の荷物を運び込んでいるところでした。
差懸や葛籠など



大きな葛籠から、お布団を取り出し
空になった葛籠は仏餉屋へ。
そうこうしているうちに娑婆古練の皆様が集まってこられます。
上野長老様もお元気そうです。
二月堂詰めの皆様も下りてこられました。写真にはニコニコ動画のカメラが見えますね↓
3時10分前に湯屋周辺は立ち入り禁止エリアになったので、二月堂舞台の方に移動して、宿所入りの様子を拝見することに。
3時13分頃に練行衆のお姿が見えました。

ここからだと娑婆古練の方々が待ち受けておられるところは見えませんが、登廊越しに宿所に入っていかれるところをパチリ。
練行衆が参籠宿所に入られてから、内陣改め、必要な道具の運び入れなどをされていて、西の局に入ってその様子を拝見させていただきました。
ちょうど戸帳を取付けているところで、取付けた後、その具合を確かめるために何度も戸帳の巻上げをして確かめる堂童子さん。
内陣の扉を閉めて鍵をかけ、食堂の鐘を持って下りて行かれました。
参籠宿所からも湯気が上がり始めました。
二月堂から下りると、葛籠は仏餉屋に入れられていました。
湯屋で使うために何度も井戸水を汲み上げて運びこんでいます。
井戸水が汲み上げられている場面は初めて見ました。
ちょうどその頃、井戸と仏餉屋の上空に綺麗な彩雲発見!
修二会が始まると、旧知の人たちと再開できるのも楽しみです。
久しぶりの人たちとお喋りしながら待っていると、練行衆の方々、湯屋に入っていかれます。(今年は16:40~)
夕暮れが近づくとかなり寒くなります。日中の陽気でスプリングコートで出かけた私は、ここで一旦家に戻ってしっかり防寒着に着替えてもう一度二月堂へ。
17:30頃の夕空の優しい色、今日はよく焼けそうな予感がします。
18:00前、祓松明が置かれました。

18:00頃に「大中臣祓おおなかとみのはらえ」が始まりました。
2009年の過去記事ですが、今年の和上役の橋村師が咒師だった時の「大中臣祓」の様子→
「大中臣祓」についても詳しく書いています。
上野周真師、初めての咒師役です。


「大中臣祓」が済むと、登廊入口に注連縄が張られます。
帰り道の夕景もまた美しく厳かな雰囲気でした。

2022年3月1日火曜日

「わたしと奈良」連載第4回目

3月になりました。
開業月を迎えて、新たな一年のスタートがまた始まります。 

ちょうどそれに合わせて、WEBマガジン「奈良、旅もくらしも」に掲載の「わたしと奈良」に、開業した頃の思い出を綴った「奈良移住前後のこと」がアップされました→
はるか昔の出来事のような、そうでもないような・・・。
何故か調子に乗って33年前の若い写真もアップしています。
初々しく一生懸命だった様子に、もうちょっと頑張って楽しもうと思い返していますのでよろしくお願いします。

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さて、3月といえば「二月堂修二会」
昨日も午後からずっと二月堂で過ごし(ブログ更新はもう少しお待ちください)、今日も雨ながら参籠見舞いの帰りに二月堂へお参りに。
これを書いている途中から雨も本降りになってきましたので、お松明は「ニコニコ動画」で拝見しようと思っています。
昨晩は、深夜の「お目覚おめさ~」から食堂での鐘の音、和上様のお声、「只今上堂、只今上堂」の加供さんの声、礼堂を踏み鳴らす練行衆の差懸の音・・・。ニコニコ動画で、いろんな音を明確に拾えてびっくりでした。一徳火で二月堂外の灯りがすべて消されたのも確認・・・その後、いつの間にか撃沈していましたが、これからの2週間、タイミングが合えば現地に行って、また普段はニコニコ動画で聴聞させていただけることを楽しみにしています。
3/1のお昼前、今日の夜に上がるお松明が出来上がって掛けられているのを見ると、それだけでワクワク。
そして二月堂に上がって、練行衆の皆様がご無事に満行を迎えられますようにと心より観音様に願うのでした。